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海賊に拿捕された期間がオフ・ハイヤーとならないとされた判例

H22.9.22 田中 庸介
  • ソマリア沖・アデン湾における海賊問題は,近時,小康状態にあるともいえますが,未だに,その被害は発生を止めず,船主業界においては,関心の高いところと思われます。
    上記の状況の中,英国においては,この問題に関し,注目すべき仲裁命令,裁判例がいくつか判示されています。その中でも,本年4月,ロンドンの裁判所において,アデン湾の海賊に拿捕された期間はオフ・ハイヤー(休航期間)にならず,従って,傭船者は,その間も傭船料の支払いを続けなければならない,との判決(THE "SALDANHA" ([2010] EWHC 1340 (Comm)))が示されたことが,着目されます。
    以下では,その概要と,これによる影響に関する私見を述べさせていただきます。
  • 事実概要

    (1) 本件では,2008年7月5日より,パナマックスのバルク船である「SALDANHA号」(以下,「本船」といいます。)について,NYPE46書式により,1日当たり52,500米ドルの傭船料にて,47から50カ月の定期傭船が開始されました。

    (2) 2009年1月30日,傭船者は,本船に対し,インドネシアで石炭のバラ積みを船積みし,スロベニアのKoperまで,スエズを通過して行くよう,指示を行いました。

    (3) 上記の傭船者の指示に従った本船は,2009年2月22日,アデン湾を通過中に,ソマリアの海賊に拿捕され,ソマリアのEylの沖合に向かうよう強要され,4月25日まで,そこに留まり,ようやく5月2日,最初に拿捕された地点に戻ることができました。

    (4) 傭船者は,2月22日から5月2日までの傭船料の支払いを拒否しました。
    そこで,船主は,傭船者に対し,上記の傭船料のみならず,燃料費,保険料,船員の追加ボーナスの支払いを請求しました。船主のこの請求は,傭船契約の文言,又は,スエズ・ルートの指示に従った結果に係る補償(indemnity)を根拠としています。
    これに対し,傭船者は,本船及び乗組員は,海賊の攻撃に対する準備が適切になされていなかったから,不堪航であるとし,反対に,船主に足しいて,損害賠償を請求しました。

    (5) 本件は,上記の船主,傭船者間の紛争の前提となる法律問題として(preliminary issue),本件における傭船契約上,海賊による拿捕がオフ・ハイヤーたるべき事情に該当するか,が問題とされた事例です。
    英国においては,このように,紛争の成否,当事者の請求権の存否や認定さるべき金額の判断に先だって,その判断を導き出す前提となる法律問題についてのみ,まず,裁判所や仲裁の判断を求める手続があります。

  • 裁判所の判示内容

    (1) 本件で問題となった傭船契約の条文は,次のとおりです(NYPE Formの第15条)。
    「That in the event of the loss of time from default and/or deficiency of men including strike of Officers and/or crew or deficiency of… stores, fire, breakdown or damages to hull, machinery or equipment, grounding, detention by average accidents to ship or cargo, dry-docking for the purpose of examination or painting bottom, or by any other cause preventing the full working of the vessel, the payment of hire shall cease for the time thereby lost….」

    (2) 本件では,上記の文言の内,
    [1]「detention by average accidents to ship or cargo」に該当するか,
    [2]「default and/or deficiency of men」に該当するか,
    [3]「any other cause preventing the full working of the vessel」に該当するか,
    が各々,検討されました。

    (3) 裁判官(Gross裁判官)は,まず,上記の「detention by average accidents to ship or cargo」については,「average accidents」に該当するためには,本船に損害が発生することが必要であるところ,本件ではそれがないこと,また,そもそも,海賊による拿捕は,「accident」と呼ぶことはできないことを理由として,本件はこれには該当しない,としました。

    (4) さらに,「default and/or deficiency of men」については,「default … of men」に該当するためには,船員がその職務の履行を拒絶したことが必要であるところ,本件ではそのような事情は認められない,として,本件はこれにも該当しないとしました。

    (5) また,「any other cause」については,「その他」とはいえ,その前に例示されている「average accidents」などの事由と同等の内容を持つ事情である必要があり,海賊による拿捕は,この事由に該当しない,と判示しました。

  • 検討

    (1) 本件で重要な点は,第一に,NYPE46書式という,広く汎用されている書式について,かつ,その印刷文言の解釈として,海賊による拿捕がオフ・ハイヤー事由に当たらない,とされた点です。
    近時は,海賊対策として,新たな追加条項(Rider Clause)が提案され,利用されていますが,本判決を前提とした場合,新たな追加条項なしでも,船主は,傭船者に対して,傭船料を請求しうることとなります。

    (2) 第二に,上記の効果として,傭船者としても,海賊対策に一定の費用を負担し,これによる被害を防ぐ方向に向かう契機となるものと思われます。
    すなわち,これまでは,身代金を含めた海賊対策の費用負担は,共同海損の宣言を経由する形で,船体保険者,すなわち,船主により,行われてきた事例が多いものと思われます。
    そのような中で,本判決によれば,海賊による拿捕の期間中は,いわば空傭船料を支払い続けなければならないわけですから,その防止費用,拿捕された場合には解放に要する費用などを支出しようとする方向につながり,結局は,船主と傭船者両者による解決が図られることにつながるものと思量いたします。

    (3) 第三に,海賊に関しては,本判決が判示した傭船料の問題に加えて,海賊の危険性のある海域への航海のため要した追加保険料,船員に対する追加給与などの追加的費用を,船主は傭船者に対して,求償請求しうるか,という問題が残されています。
    上記の「船主と傭船者両者による解決」という基本姿勢からすれば,この追加費用の求償についても,傭船者に一定の責任を認める結論となりそうです。
    ロンドンでは,この問題に関する仲裁事件が既に提起されている模様であり,それを入手した際は,また,本ページにて,紹介いたします。

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