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第45回 雇用の流動化と退職後の守秘義務・競業避止義務

H22.12.1 木下 雅之
  • はじめに

    雇用の流動化・転職の活発化という社会経済情勢の変容に伴い,退職後の守秘義務・競業避止義務に関する紛争が増加しています。

    転職前に身に付けた知識・経験および技能等を活かして働きたいというのは労働者にとって当然の要請ですが,他方で,営業秘密やノウハウ,多額の資本を投じて育成した労働力が流出し,競業他社によって使用される不利益を回避したいと考える企業側の要請もあり,退職後の守秘義務・競業避止義務の問題は,このように対立する2つの利益の調整の問題と言うことができます。

  • 退職後の守秘義務

    (1) 不正競争防止法上の営業秘密
    退職後の守秘義務は,労働契約上の義務として設定されるほか,不正競争防止法上の営業秘密の保護によっても生じます。不正競争防止法は,「不正の利益を得る目的で,又はその保有者に損害を加える目的で,その営業秘密を使用し,又は開示する行為」を「不正競争」に該当する行為である旨規定しています(同法2条1項7号)。
    ここで同法によって保護される「営業秘密」に該当すると言えるためには,(1)秘密管理性,(2)有用性,(3)非公知性の要件を満たす必要があります。特に,(1)の秘密管理 性については,i)当該秘密へのアクセス権者が限定されていること(アクセス防止措置,外部ネットワークからの遮断など),ii)秘密であることの表示(「社外秘」等の押印,守秘義務契約等による守秘義務の設定等),iii)組織的管理(上位者の決裁等情報の取り扱いに関するシステムの存在)などの事情を考慮して,秘密管理性が認められるか否かの判断がなされます。したがって,企業としては,不正競争防止法上の営業秘密としての保護を受けるためには,上記の点に留意して,普段から営業秘密を管理しておくことが求められます。
    退職労働者が前使用者の重要な営業秘密を不正に取得・使用・開示すれば,不正競争に該当し,差止請求,損害賠償請求,信用回復請求などの民事的救済の対象となるほか,刑事罰の対象にもなり得ます。

    (2) 労働契約上の守秘義務(秘密保持契約)
    退職後の守秘義務は,労働契約において使用者と労働者との間で合意し,退職後の労働者の守秘義務をあらかじめ設定することによっても実現可能です。ただし,労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)との関係で,退職後の守秘義務設定が無制限に認められるわけではありません。裁判例は,秘密やノウハウの重要性・価値,在職中の地位等に照らし,秘密保持の内容が合理性を有する場合に当該秘密保持契約は有効であると判断しています。かかる裁判例に鑑みれば,労働契約上の守秘義務を設定する場合にも,(1)対象となる情報の範囲,(2)守秘義務を負担する旨,(3)守秘義務を負う期間,(4)義務違反の際の措置等について,ある程度具体化した条項を定めておくことが重要となります。

  • 退職後の競業避止義務

    退職後の競業避止義務,すなわち退職後に前使用者と競業する企業に就職し,あるいは自ら競業事業を営まない義務については,労働者の職業活動それ自体を禁止する義務を内容とする点において守秘義務とは決定的に異なっており,労働者の職業選択の自由に対する制約度が極めて高い義務といえます。
    したがって,労働契約上,退職後の労働者の競業避止義務を設定した場合であっても,その有効性が認められるには,以下の準則が満たされなければなりません。

    (1) 労働者の地位が義務を課すにふさわしいこと
    (2) 前使用者の正当な秘密の保護を目的とするなど,競業規制の必要性があること
    (3) 対象職種・期間・地域から見て職業活動を不当に制約しないこと
    (4) 適切な代償措置が存在すること

    具体的には,(1)については,競業避止義務を負う社員を,機密性の高い情報に接する機会のある地位・職務内容にある社員に限定する,(3)については,退職後の競業避止義務を負う期間を2年程度の期間に限定する,(4)については,競業避止義務期間相当の金銭補償を行う等の考慮が必要となります。
    最近の裁判例は,雇用の流動化を受けて,競業避止義務の有効性を厳格に判断し,企業側に厳しい態度をとる傾向にあるようです。

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