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第40回 立つ鳥跡をにごさず〜賃借人が退出時に負うべき原状回復義務の範囲

H22.10.12 林 智子

賃貸物件を借りるための初期費用の中で一番大きな割合を占める費用は,敷金・礼金ではないでしょうか。最近では,敷金・礼金がゼロ円という,いわゆる「ゼロゼロ物件」が多くなっていますが,敷金・礼金が必要な物件は,まだまだ多いと思われます。

ご存知のように,礼金とは,物件を借りる際に,家主に謝礼として支払う金銭をいい,賃貸借契約が終了しても賃貸人から返還される性質の金員ではありません。他方,敷金とは,賃借人の賃料債務等を担保する目的で,賃借人から賃貸人に交付される金員をいい,賃貸借契約が終了して,賃貸物件を賃貸人に明け渡した後,賃借人が負担している未払賃料等の債務を控除した残額が返還されるという性質の金員です。

しかし,この,「…債務を控除した残額が返還される」という点には注意が必要です。賃貸借契約が終了すると,賃借人は,原則として,借りた物件を元の状態に戻す義務(原状回復義務)を負いますが(民法616条,598条),賃貸人から,多額の原状回復費用を請求されることにより,敷金が返還されないという事例があるからです。国民生活センターに寄せられる苦情の中でも,「退去時に清掃,壁紙張り替え,畳表替え,ふすま張り替えなどで高額の費用を請求され,敷金が戻ってこない」という事例が多いそうです。

では,賃借人は,借りた物件をどこまで元の状態に戻す義務があるのでしょうか(原状回復義務の範囲)。例えば,新築のマンションを借りた場合,賃借人は,退出時に,当該物件を新築時の状態に戻す義務があるのでしょうか。

「原状回復」については,10年ほど前から紛争が生じ,訴訟に至る事例が目立つようになってきました。最高裁平成17年12月16日判決は,「建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要」と示し,通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせる場合には,その旨が明確に合意されていることが必要であると判断しました。

なお,国土交通省と東京都から出されているガイドラインも参考になります。 国土交通省のガイドラインでは,「原状回復」を,「賃借人の居住,使用により発生した建物価値の減少のうち,賃借人の故意・過失,善管注意義務違反,その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義し,通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧する費用は,賃借人の負担であるが,通常の使用に伴って生じる損耗(通常損耗)や,時間の経過に伴って生じる損耗(経年変化)などについては,家賃に含まれている(賃貸人負担)ということを示しています。つまり,原状回復とは,賃借人が借りた当時の状態に戻すことではないということです。例えば,新築の物件を借りた場合でも,賃借人は,退出時,新築時のような状態に戻す必要はありません。

このガイドラインは法的な拘束力を有するものではありませんが,賃貸借契約における原状回復に関する考え方の参考になります。

このような「原状回復」に関する問題は,賃貸物件退出時の問題のようにも思われますが,賃貸借契約締結時に,賃貸人・賃借人間で,「原状回復」に関する問題を充分に話し合っておくことにより,「原状回復」に関するトラブルはある程度未然に防ぐことができると考えます。

なお,それでもトラブルになり,当事者間では解決できない場合には,少額訴訟や,民事調停手続という法的手段もありますので,ご参考になさってください。

※ 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の概要
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/kaihukugaidokai.pdf

※ 東京都「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/juutaku_seisaku/tintai/310-6-jyuutaku.pdf

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